ソースコードではなく思想に価値がある

どうも。トクハラです。
最近思っていることを書きます。
最近、オープンソースが広く普及してきている。
良い世の中になりました。
いまや、自前でライブラリを揃えようとしているところは
よっぽどの大企業くらいしかないのではないか。
良いですか。今から当たり前のことを書きますよ。
ワタシがオープンソースの気に入ってるのは、なんというか、気前が良いところです。
この業界にいるとすぐに気がつくんだけど、開業するのに必要なものはゼロに近い。
普通に売ってるノートパソコンが1つあれば良いんだからね。
実際に中を見ると、ほぼ、原価イコール人件費。
そして人件費をかけて製造するのがソースコード。
だから、どうしてもソースコードを公開するのに抵抗がある。
まあ言ってみれば自殺行為ですよね。
でも、オープンソースの開発者の人は、そこを軽々と飛び越えていった。
なぜか。
そこには、多少なりとも自己顕示欲とかマネタイズとか打算的なものもあったと思う。
でも、なんか根っこのところでいうと、ソースコードを書くまでにウンウンうなって考えたところが
価値だと知ってたのではないか。
その思想は盗まれないし、盗めるものなら盗んでみろ的な自信もあったのかもしれない。
これはオープンソースの開発者の人にぜひ一度聞いてみたいところ。
あと、話は少しずれるけど、なんか果物ってオープンソース的ですよね。
食べると美味しいし、中に種が入ってて、植えると増えるんだよ。
サイコーじゃないですか。
なんか、本当に大事なものは全部タダだと聞いたことがある。
水とか、お日さまとか、空気とか笑顔とかね。