『釣り堀』に行って考えたこと

要約

  •  『釣り』は良いけど『釣り堀』はアンフェアな気がする(独断です)
  • 『相補性』を考慮した新しい釣り堀の営業形態の提案

GW中にデイキャンプをしました。
子供が釣り堀に行きたいというのです。

私は釣り堀はあまり好きではありません。
海の近くに住んでいたこともあるので、釣りは大好きなんですけどね。

なので、釣り堀はヨメに行ってもらい、私はたき火の準備をして待っていました。

しばらくしてヨメはぐったりして帰ってきました。
帰ってくるなり『「釣り堀」は、将来、「動物虐待」に認定されるんじゃないの?』と言ったのでした。

自分自身、なんで「釣り」は良くて「釣り堀」は駄目なんだ?という理由は考えたことがなかった。
これをしっかり考えてみた。

まず、残酷だからというのは違うだろうと。
釣り堀も釣りも、結局生き物を殺してることには変わりがない。

残酷度でいうと、子供の頃に私がやってた海釣りのほうが残酷。
餌を買うお金がないので、まずフナムシを捕まえてそれを千切って針に付けてるんだからね。

スーパーで売ってる魚も殺人ならぬ殺魚を代行してもらってるだけです。

残虐ではなく他の理由があるのではないか。

まず、釣り堀は魚に餌を与えてないんですね。
だから竿に餌を付けて垂らすと、すぐに釣れてしまう。
いわゆる『入れ食い』状態なわけです。

おまけに魚はイケスの中から外に自由に出て逃げることはできない。
この状態はあまりにアンフェアではなかろうか。

ということで、新しい釣り堀の営業形態を考えてみる。

1,エサは生き餌を1匹だけ
2.ターゲットの魚も1匹だけ。
3.魚は満腹状態。いや、これは厳しいな。ちょっと小腹がすいたくらいの状態。
3.魚は隠れることができる場所がある。
4.魚に生き餌だけ取られた場合は、釣り人はイケスに突き落とされ、晴れて魚は川に放流される。
5.30分で釣れなかった場合も、釣り人はイケスに突き落とされる。
6.で突き落とされた瞬間をスローモーションで撮影しておき、お客にお土産として渡す。

どうですか?これくらいでバランス取れますかね。
お店の名前は『人魚対決型釣り堀『サドンデス』』!

普段隠蔽されている「生き物は生き物を食べて生きている」という事実を
まざまざと思い出させてくれる釣り堀はまさに人生道場です。

釣った魚は串焼きにして美味しくいただきました。
食べた魚の分まで一生懸命生きようと思いました。